同学们好,欢迎回到《兽化学》第六节课。
授课人:狸麟君(代课老师)

【第六课时:日本的福瑞文化:从民间信仰到狐仙传说】

狸麟君嗨喽,欢迎回来~ ໒꒰ྀི ∩⸝⸝∩ ꒱ྀི১
(はろー、おかえり~ ໒꒰ྀི ∩⸝⸝∩ ꒱ྀི১)
狸麟君在之前的几节课中,我们了解了关于福瑞文化、兽文化以及兽装文化的一些基础知识。
(これまでの授業で、ファーリー文化、ケモノ文化、そして獣装文化の基礎知識について学んできました。)
狸麟君相信大家都有了一些自己的思考和理解。但这一课,我们将会把目光投向一个特殊的福瑞群体:狐仙。
(みなさん、それぞれに考えや理解が深まったと思います。でも、この授業では、特別なケモノの存在に目を向けてみましょう。それは――狐仙(こせん) です。)
狸麟君狐仙,这个词是不是让你感觉有点熟悉?没错,狐仙文化是日本文化中一个重要的组成部分,从神话传说到现代流行文化,都能看到它的身影。
(狐仙(こせん)、この言葉、なんだかちょっと耳にしたことあるんじゃない?そう、狐仙文化は日本文化の中でとても大事な一部なんです。神話や伝説から現代のポップカルチャーまで、その姿をあちこちで見ることができます。)
狸麟君狐仙文化,最初起源于日本的稻荷信仰。
(狐仙文化の起源は、日本の稲荷信仰にあります。)
狸麟君稻荷信仰,源于自然崇拜,奉稻荷神为神明。稻荷神,又名五谷之神,主管谷物丰收。
(稲荷信仰は自然崇拝に由来し、稲荷神を神として祀ります。稲荷神は五穀の神とも呼ばれ、穀物の豊穣をつかさどっています。)
狸麟君稻荷神社,是日本最古老、也是最常见的神社之一。据统计,日本目前有约3万座稻荷神社,仅京都市就有300多座。
(稲荷神社は、日本で最も古く、そして最もよく見られる神社の一つです。統計によると、日本全国には 約3万社 の稲荷神社があり、京都市だけでも 300社以上 あるそうです。)
狸麟君唔…很多吗?
(うーん…多いの?)
狸麟君这么说吧,日本全国的便利店(例如7-11、全家、罗森)加起来,也就5万多家。
(そう言うと、全国のコンビニ(セブンイレブン、ファミマ、ローソン)を全部合わせても5万店舗ちょっと。)
狸麟君3万座稻荷神社,相当于全日本的邮局(约2.4万所)再多个6000所,但你走到哪儿都还能遇到。
(3万社の稲荷神社って、全国の郵便局(約2万4千局)よりさらに6千局も多い数が、神社として存在しているってことなんです。)
狸麟君而且,京都市区面积才827平方公里,里面塞了300多座稻荷神社。
(それに、京都市の面積はたった827平方キロ。その中に300社以上の稲荷神社が詰まっているんです。)
狸麟君举个栗子,你走在京都的街上,平均每2-3平方公里就有一座,比某些城市的公交站还密。
(栗を例に挙げると、京都の街を歩いていると、平均2〜3平方キロに1社はある計算、ある都市のバス停より密度が高いかも。)
狸麟君所以,不是一般的多,是“抬头不见低头见”的那种多。
(だから、ただ多いだけじゃなくて、「顔を上げればすぐそこにある」っていうレベルで多いんです。)
狸麟君并且,说一个实际的。如果你在中国不经常出去玩的话,可能好几年都看不到一座土地庙或者山神庙。
(それに、現実的な話をしましょう。もしあなたが中国にいて、あまり外出しない人なら、何年も土地廟や山廟を見かけないかもしれません。)
狸麟君但在日本,哪怕你只是个上班族,每天通勤路过的小巷子里,都可能藏着一座小小的稻荷神社——门口还蹲着两只狐狸。
(でも日本では、たとえ普通のサラリーマンでも、毎日の通勤路の路地裏に、小さな稲荷神社がひっそり佇んでいて、入り口には狐が一対座っていたりするんです。)
狸麟君对于日本人来说,稻荷神社的存在感,是“润物细无声”的。你就别说大小面积,那玩意儿评估不了“人心”。
(日本人にとって、稲荷神社の存在感は「雨が静かに土を潤すように」、気づかぬうちに染み込んでいるんです。面積云々じゃない、そんなものでは「人の心」は測れませんからね。)
狸麟君你可以用一座神社的占地面积去衡量它占了多少地,但没办法用面积去衡量它在多少人心里占了多少位置。
(神社の敷地面積でどれだけの土地を占めているかは測れても、それがどれだけ多くの人の心の中で場所を占めているかは、面積では測れないんです。)
狸麟君日本大约有3万多座稻荷神社,这意味着什么?
(日本には約3万社もの稲荷神社があります。つまり?)
狸麟君意味着,一个日本人随便走走路,巷口转弯处、商店街一隅、甚至办公楼天台上,都可能冒出一座小小的红色鸟居和两只蹲着的狐狸石像。
(つまり、日本人がちょっと歩けば、ろじのかど、しょうてんがいのかたすみ、さらにはオフィスビルのおくじょうにさえ、ちいさなあかいとりいと、にひきのきつねのせきぞうがあらわれるかもしれない。)
狸麟君他们逛完超市回家路过,上下班通勤路过,带孩子去公园玩也路过。不用刻意跑去景点,稻荷神社就是“刚好在那儿”。
(スーパーのかえりにとおりかかる。つうきんでとおりかかる。こどもをこうえんにつれてくときもとおりかかる。わざわざかんこうちにいかなくても、いなりじんじゃは「ちょうどそこにある」。)
狸麟君你可能觉得,我说的好像有点夸张。但其实,夸张吗? 日本国土面积也就37.8万平方公里。
(大げさに言ってるように聞こえるかもしれません。でも実際、大げさですか? 日本の国土面積はたったの37.8万平方キロメートルです。)
狸麟君什么概念?也就比中国的二十五分之一多一点点。中国面积约960万平方公里,日本 ≈ 中国 ÷ 25.4,连个零头都算不上。
(どれくらいかというと、中国の約25分の1よりちょっと多いくらい。中国の面積は約960万平方キロメートル、日本はその25.4分の1。端数にも満たないんです。)
狸麟君那么,中国的国土面积是日本国土面积的25.4倍。中国的土地庙和山神庙的数量是多少呢?日本的稻荷神社数量又是多少呢?
(では、中国の国土面積は日本の約25.4倍です。中国の土地廟や山廟の数はどれくらいでしょう?そして日本の稲荷神社の数はどれくらいでしょうか?)
狸麟君不用看数据,与其问“中国和日本谁的神社/小庙更多”,不如问:为什么一个面积只有中国1/25的国家,能把它的“土地庙”建到人手一个统计报表的程度?
(データを見なくても、「中国と日本のどちらがより多くの神社/小廟を持っているか」を問うより、こう問うべきでしょう:「なぜ面積が中国の25分の1しかない国が、自分の国の“土地廟”を、誰でも統計表で確認できるレベルにまで整備できたのか」と。)
狸麟君话题聊到这儿,估计会有朋友说:“你这什么文化输出啊,怎么还拐进营销号领域了?”
(ここまで話してきて、たぶんこう言う人もいるでしょう。「それって何の文化発信なんだよ、なんでマーケティングアカウントの領域に入り込んでるんだ?」って。)
狸麟君那么,我只能回答:谈文化,不能离开文化诞生的土壤和人民。文化是一个大的范畴,它既包括琴棋书画、诗词歌赋,也包括衣食住行、风俗习惯,还包括宗教信仰、价值观念。
(じゃあ、こう答えるしかないですね。文化を語るなら、その文化が生まれた土壌と、そこに生きる人々から離れることはできない。文化というのは広い枠組みで、琴棋書画や詩詞歌賦も含まれれば、衣食住や風俗習慣、さらには宗教信仰や価値観までも含まれるんです。)
狸麟君我们不是日本营销号,我们只是从一个非常有趣的视角切入,去观察福瑞文化如何在一个国家生根发芽,最终成为全民性的现象。
(私たちは日本のマーケティングアカウントじゃありません。ただ、とても面白い視点から切り込んで、ファーリー文化がある国でどうやって根を下ろし、芽を出し、最終的に全民的な現象になっていくのかを観察しているだけなんです。)
狸麟君接下来,话题可能变得有点敏感。好了,废话不多说。
(次は、ちょっとセンシティブな話題になるかもしれません。さて、余計な話はここまでにしましょう。)
狸麟君可能有人会因为历史上的种种原因,而对【日本】这个国家产生抵触情绪。
(歴史的なさまざまな理由から、【日本】という国に対して抵抗感をお持ちの方もいるかもしれません。)
狸麟君这是完全正常的。毕竟,我们不能忘记历史,要铭记历史,警钟长鸣。
(それはごく自然なことです。だって、私たちは歴史を忘れてはいけません。歴史を胸に刻み、戒めをいつまでも忘れないことが大切ですから。)
狸麟君历史是一个民族、一个国家形成、发展及其盛衰兴亡的真实记录,是一个民族安身立命的基础,也是一个民族存在过的唯一痕迹。
(歴史とは、ある民族、ある国家が形成され、発展し、そして盛衰興亡を遂げてきた真実の記録であり、その民族が安身立命(あんしんりつめい)するための基盤であり、またその民族が存在した唯一の痕跡でもあります。)
狸麟君如果一个民族不懂得尊重自己的历史,就会在新的时代里迷失。忘记历史,就意味着背叛。
(もしある民族が自分の歴史を尊重することを知らなければ、新しい時代の中で迷ってしまう。歴史を忘れることは、すなわち裏切りを意味する。)
狸麟君但我们也不能将历史当作宣传的工具、复仇的工具,当作道德打击的武器,当作束缚自己的锁链和裹足不前的泥沼。
(しかし私たちは、歴史を宣伝の道具、復讐の道具、道徳的非難の武器、そして自分自身を縛る鎖や足を取られる泥沼にしてはいけない。)
狸麟君我们对历史要尊重和缅怀,而不是沉迷其中。
(私たちは歴史を尊重し、追悼すべきであり、そこに沈溺してはいけない。)
狸麟君日本文化中福瑞文化、兽文化盛行的土壤,是日本的人民。福瑞文化、兽文化对日本人、对日本社会的影响,也是通过人民体现的。
(日本文化の中でファーリー文化やケモノ文化が盛んに育っているその土壌は、日本の人民です。ファーリー文化やケモノ文化が日本人や日本社会に与える影響も、人民を通じて現れているのです。)
狸麟君人民创造了历史,文化塑造了人民。人民与文化,二者从来就不是割裂的。
(人民が歴史を創造し、文化が人民を形成する。人民と文化、この二つは決して切り離されたものではない。)
狸麟君“君子生于小国,非君子之过。”
「君子が小国に生まれることは、君子の過ちではない。」
狸麟君文化是跨越时空的,一个国家的文化与它某个阶段的政治决策,本就该分开看待。
(文化は時空を超えるものです。ある国の文化と、その特定の段階における政治的決断は、本来分けて考えるべきなんです。)
狸麟君我们研究狐仙文化,不是为谁站台,也不是要洗白什么历史。
(私たちが狐仙文化を研究するのは、誰かの応援をするためでも、歴史を何かから“洗い白く”するためでもありません。)
狸麟君我们只是想知道:一只毛茸茸的狐狸,是怎么从稻田边的石像,变成屏幕里会说话、会撒娇、会陪你冒险的“伙伴”的。
(ただ知りたいだけなんです。一匹の毛むくじゃらの狐が、どうやって田んぼのそばの石像から、スクリーンの中で話したり、甘えたり、一緒に冒険したりする「相棒」に変わっていったのかを。)
狸麟君对于历史的伤痛,我们铭记,但不铭记仇恨。
(歴史の傷痛に対して、私たちは記憶する。しかし恨みは記憶しない。)
狸麟君我们铭记的是伤痛本身,因为只有这样,才能避免悲剧重演。
(私たちが記憶するのは傷痛そのものだ。そうすることでのみ、悲劇の再発を避けられるからだ。)
狸麟君以史为鉴,可以知兴替;以人为鉴,可以知得失。
(歴史を鏡とすれば、興廃を知ることができる。人を鏡とすれば、得失を知ることができる。)
狸麟君但是,如果你因为不喜欢某个时期的日本,就拒绝了解这一切。那损失的,可能不是日本,而是你自己的好奇心,和看世界的另一双眼睛。
(もしあなたが、ある時期の日本が好きではないという理由で、これらすべてを知ることを拒否するなら,失うのは、おそらく日本ではなく、あなた自身の好奇心であり、世界を見るもう一つの目なんです。)

狸麟君那么,第六课时的导言就到这儿了。没错,导言。
狸麟君你可能想问:讲了半天稻荷神社、土地庙、面积对比、历史观……结果你告诉我这才只是“导言”?
狸麟君唔…咳咳。
狸麟君对。前面所有这些,都只是在回答一个问题:为什么是日本?
狸麟君因为福瑞文化虽说起源于欧美,但真正把它“养大成人”、变成全民级文化现象的,是日本。
狸麟君而日本能做到这一点,靠的不是什么“二次元强国”的标签,而是几百年不间断的民间信仰、渗进生活缝隙的神社文化,以及一代又一代创作者对“毛茸茸”这件事的执着。
狸麟君所以,是时候深入了解日本的“毛茸茸”文化了。这一课,我们会聊:狐狸是怎么从神社门口的石像,一步步变成《兽娘动物园》里的薮猫、《BNA》里的影森满、《古今東西おきつね物語》里的狐白的。
狸麟君我们会聊:日本的“ケモノ”和欧美的“Furry”,到底哪里不一样。
狸麟君以及,一只毛茸茸的狐狸,凭什么能让几代人都为它着迷。
狸麟君好啦,那么同学们,第六课时的导言部分到此结束。
狸麟君我们明天见~/ᐠ - ˕ -マ Ⳋ

狸麟君到底为什么没人看呢?

